塾の選び方、向き・不向きについて考える

今朝、知り合いの塾長(個人塾)がフェイスブックで以下のように愚痴られていました。

 

「今、保護者面談をずっとやっているのですが、さっき終わった方から転塾の相談がありました。小5からずっと教えている子どもで、今年、中3生。6月の模試では、5科で偏差値71をマークしました。ここまで上がってきて、いや上がってきたからこそ、うちのカリキュラムでは不安だと。。。ほんと、悔しいです。」

 

個人塾にはよくある光景かもしれませんね。おそらく、この生徒は誰もが名前を知っている大手塾への転塾を検討しているのでしょう。さて、この生徒は転塾して成功するでしょうか。皆様はどのように思われますか?

 

このようなことが起こる背景には、「賢い子は大手塾」「文理学科設置校へ合格するには大手塾じゃないと厳しい」という先入観があるように思われます。

 

大手塾の手法は、大量の広告で希望者を集め、選抜試験でふるいにかけ、成績別にクラス分けをし、各クラスの上位25%程度に合わせて授業を行い、ついて来られる子を上位校へ合格させ、合格者「数」(特に文理学科設置校への合格「数」)を叩きだそうというものです。大手塾の経営を考えればこの方法しか取りえないでしょうし、今のところはそれがうまくいっているようです。公立最難関校と言われる北野高校などは、大手塾の合格者数の合計が定員を上回っていたりする状態ですから。

 

こういう状況を見れば、「大手塾に行っていないと文理学科設置校へ合格するのは無理だ」と考えてしまうかもしれません。

 

しかし、生徒の性格・長所短所・考え方・癖などは、当たり前ですが100人いれば100人全て異なっており、同じものは1つもありません。100名いれば100通り。大手塾の一律のカリキュラムに合う子も合わない子も当然出てきます。私の感覚(かなり的を得ていると思う)では、大手塾が本当に合っている子は通っている子の25%程度。残りの子らは、別の指導を受けた方がより伸びると考えています。

 

私は長年「大手塾」ではなく「個人塾」の立ち位置から文理学科設置校へ数多くの生徒を送り出してきましたが、そのうちの半数以上は大手塾のカリキュラムでは文理学科設置校は厳しかったと思います。一方通行の講義の中、納得いくまで質問もできず、飼い殺しで終わっていたことでしょう。

 

大手塾で伸び悩み、志望校に合格できなかった子(表には出てきませんが、実は相当数います)も、その子に本当に合う別の指導を受けていれば実力を開花させて合格できていたかもしれません。志望校に合格できた子ですら、別の道ではもっと強烈な伸びを達成できていたかもしれません。

 

保護者の方は、そのあたりを厳しい目で見極めていただかなければなりません。その塾で本当に学力は伸びていますか?その塾は一人一人にきめ細かに目を配り、一人一人の得意苦手を把握し、「全員の」学力を上げる指導を行っていますか?何より、お子様の性格にその塾は本当にあっているのですか?知名度や合格実績、「安心感」だけで塾を選んでいませんか?

 

現状、通っている塾が生徒の学力へ与える影響はかなり大きいです。生徒が日々の学習に手を抜いてはいけないように、保護者の方は塾選びに手を抜いては絶対にいけない。私はそう考えます。

 

今、塾業界では大手塾の寡占化が急速に進んでいます。中小の塾は日々潰れていっている。指導力のない手抜き塾が淘汰されていくのはむしろ良いことだと考えてはいますが、多様な生徒の学力を育む上で、選択肢の数が少なくなっていくことは憂慮しています。生徒一人一人が自分に合った塾選びができるように、有力な個人塾には大手塾に負けずに頑張ってほしいと願っています。私は日々腕を磨き、強い信念をもってやっているようなこだわりの個人塾が大好きです。そういう方を私は何人も知っています。しっかり探せば、どの地域にもそういう「ツワモノ」塾長がおられるはずです。

 

話を最初に戻すと、冒頭で転塾を検討されている生徒は、「その塾で偏差値71まで伸びた」のですから、間違いなくその塾が合っていたのです。そしてこれから移ろうとしている塾がその生徒に合っているかどうかはまだ未知数なわけです。さて、何がそのリスクを補うのでしょうか。それが「知名度」や「安心感」程度のものなのであれば、かなり高い確率で不幸な結果が待っているのではないでしょうか。